週刊東洋経済の11月10日号での特集記事の一部(P29-P32)、
問題の深刻さを引用します。
パニックは防げた!無責任と怠慢の構図
農水省や農水族議員は”風評被害、風評被害”と言うが、それを招いた原因がどこにあるのかわかっているのか」。日本生活協同組合連合会で狂牛病間題に取り組む中野理恵子さんは、あきれたように語る。9月10日、千葉県白井市で飼われていた乳牛一頭に狂牛病の疑いがある、と発表されてからニカ月。狂牛病をめぐる迷走は、行政とりわけ農林水産省への不信感をかき立てた。風評被害の霞源は場当たり的対応に終始した農水省にあるとの指摘は、多くの国民に共通する思いだろう。事の経緯はこうだ。まず、8月6日に間題のウシが千葉県内の食肉処理場に持ち込まれ、県の家畜保健衛生所の獣医は販血症Lと診断した。
この4月からの農水省の狂牛病サーベイランス(監視)事業では、中枢神経症状を示したウシを、狂牛病が否定できないウシと、その他の中枢神経症状(狂牛病以外)のウシに振り分けることになっている。そして、狂牛病が否定できないウシはすべての検査材料を農水省管轄の独立行政法人・動物衛生研究所に送り、狂牛病以外と診断された場合は、延髄の閂(かんぬき)部分を各都導府県の家畜保健衛生所に残し、その周辺部分を動物衛生研に送ることが決められていた。敗血症と診断されたら本来、動物衛生研に送られることはなかった。が一起立不能の症状も見られ、いわば中枢神経症状を拡大解釈して千葉県は動物衛生研に送ったのだ。こうして延髄の閂の周辺部分は動物衛生研に送られた。
それには理由がある。サーベイランス事業は年間三〇〇頭の検査を目標にしていたが、4月は一ケタしか集まらず、5月に農水省が検査頭数を増やすよう都道府県に要請。仕方なく千葉県でも検査頭数を意識的に増やしていたのだ。 こうして延髄の閂の周辺部分は動物衛生研に送られた。ところが、ここでの検査では「陰性」、つまり狂牛病ではないと判断されてしまう。なぜか。動物衛生研では狂牛病検査にウェスタン・ブロツト法の検査キットを用いていた。この方法は閂そのものを検査材料に使うのに、動物衛生研は、農水省の取り決めどおりその周辺部を検査していたのだ。
ウエスタン法キットを販売するロシュ・ダイアグノスティックス社では、「閂そのものを検査材料にするよう説明を徹底している。発売済みの欧州でもそうしている」と話す。同社は農水省への納入時、使用前の訓練を受けるよう求めたが、「研究用だから必要ない」と言われたという。結局、狂牛病を発見したのは、県の家畜保健衛生所が行った組織病理学検査だった。獣医が脳組織を顕微鏡でのぞくと、狂牛病特有の「空胞」がはっきり浮かび上がったのだ。動物衛生研のホームページには、「それぞれの機関が役割分担を果たす診断体制が有効に機能」とまるで緊密な連携がスムーズに行われたように自画自賛しているが、実際は日本の狂牛病第一号は一歩間違えれば見過ごされた可能性さえあるのだ。 ある関係者は「サーベイランス事業は、狂牛病が日本に存在しないことを前提に作られていた。いわば単なるアリバイ作り」と指摘する。そうした農水省の危機意識の欠如は、狂牛病を疑われたウシが焼却処理されず、飼料工場に回されて、肉骨粉になるという失態を招いた。
家畜伝染予防法は感染ウシの焼却を定め、飼料原料への使用も禁じているが、今回のサーベイランス事業では死体の処置について何も決めていなかった。検査結果の判明には数週間かかる。そもそもクロ判定が出ることを想定していないため、その間に肉骨粉として出回る可能性はハナから検討されなかったようだ。家畜衛生を所管する厚生労働省もこうした事態を予見していなかった。農水省には、汚染牛が実は肉骨粉にされていたと9月12日午後に千葉県庁が伝えていたが、その情報は確認作業もされず放置。13日に徳島県庁から汚染牛の肉骨粉が保管されていると知らされ、ようやく14日午前に確認、同日夜の訂正会見となった。しかし、12日に千葉県から情報が伝達されたことは伏せられたまま。農水省がこの間の事情を正確に釈明したのは17日になってからだった。
待ったかけた検査法をやむなく緊急導入
「承認申請を出すのは控えてほしい」。今年春、ロシュ・ダイアグノスティックス社が、ウエスタン法の狂牛病検査キットを動物医薬品として申請を出そうとしたところ、農水省から待ったがかかった。当時、国内で狂牛病はまだ未確認。同社は、検査キットの販売で、狂牛病のリスクがあるような”風評”が出るのを農水省が嫌っている、と判断し申請を延期した。関係者は「火のないところに煙を立てるな、ということだったのだろう」と話す。相前後して、別の狂牛病検査法であるエライザ法検査キットを開発した日本バイオニフッド社は、研究用試薬として販売しようとしたが、やはり農水省から待ったがかかった。研究用試薬は動物医薬品ぽど複雑な待ったがかかった。研究用試薬は動物医薬品ぽど複雑な承認申請は不要だが、「認めない」とする意向が伝えられたという。欧州でもそうしている」と話す。同社は農水省への納入時、使用前の訓練を受けるよう求めたが、「研究用だから必要ない」と言われたという。
結果、欧州で販売実績のある二つの検査キットは、今春以降、宙ぶらりん状態に留め置かれた。バイオ・ラツド製品は10月18日に始まった全頭検査の一次検査で使われており、二次検査ではロシュ製品自体は使われていないが、同じウエスタン法(研究者の手製キット)が使われている。農水省が販売延期をもくろんだ検査法が、皮肉にも緊急導入されたのだ。現在は両製品とも承認申請されたが、審査中で未販売だ。農水省はバイオニフッド製品を特例として購入し都道府県に配布している。
根拠なき「安全」 怠慢行政のツケ
この6月、EUの欧州委員会が、日本での狂牛病発生リスクを評価しようとしたが、中断した一件があった。欧州委員会が、日本を感染リスクが高い国と評価する、と非公式に伝えてきたため、農水省が反発し調査の続行を断ったという。調査は各国政府の同意と協力が前提のため、日本の報告書の作成は見送られた。当時の経緯について、農水省は詳細を明らかにしようとしないが、実際は「狂牛病の発生があるかのように国内外で見られることを嫌ったたため」と、ある研究者は話す。このとき熊澤英昭・農水省事務次官は、明確な根拠もなしに「日本は安全」と明言したが、わずかニカ月後にそれはもろくも崩れ去った。しかも、同次官は1996年に狂牛病汚染の元凶である肉骨粉の英国からの輸入禁止や、ウシヘの使用を禁止する行政指導を行った当時の畜産局長。この通達がいわば”ザル”で、効果が皆無だったのは周知のとおりだ。
政府は全頭検査が始まった10月18日に「安全官言」を出した。EUでも行われていない全頭対象の狂牛病検査は、確かに世界一安全といえなくもない。ただ、この検査も、消費者の不信がピークに達し、その鎮静化のためにインパクトのある政策をとらざるをえなかった面が強い。暮らしと安全などの間題に取り組むNGOの日本子孫基金・調査担当の新居田真美さんは「生後三〇カ月未満のウシでは、プリオン検査は反応しないため全頭検査はムダ。そんなカネがあるなら、肉骨粉の処理システムや農家への補償に使うほうが理にかなっている」と指摘する。確かに安全にはなった。が、肉骨粉の使用が放置されてきた責任の所在はあいまいなままだ。狂牛病発見後もしばらくは農水省は肉骨粉の規制についてまったく消極的だった。農水省は狂牛病対策に総額一五五四億円を投じる予定だ。行政の怠慢と無責任の結果がこれでは、国民の食品行政への信頼回復は遠い。