『日経レストラン誌』 2004年9月 − 『いちみUSA社』の記事を掲載!
海外レストラン事情 米国西海岸で本格そばブームの兆し
米国における日本食レストラン業界は、1970年代の鉄板役、80年代の天ぷらと照り焼き、そして90年代以降の寿司のように、各時代の主力商品の人気に支えられ、発展を遂げてきた。寿司ブームは依然続いているが、ロサンゼルスやニューヨークなどの大都市では最近、寿司をメニューに加えるレストランが急増瑚しており、供給過剰を懸念する関係者も少なくない。そのため、業界では次なるスター商品が模索されている。中でも、最も有力視されているのが「そば」だ。国民の6割以上が体重超過という米国では、食事の改善が大きな課題となっている。へルシーと認識されている日本食の中でも、特に低カロリーで他の穀物より栄養価の高いそばは、近年の健康志向の波に乗って、ダイエットフードとしての市場拡大が期待されている。
そぱが着実に普及しているのが、健康や美容ヘの関心が高いカリフ才ルニアだ。ロサンゼルスではこの数年、そぱを専門または主力メニューにする店が増加し、現在は20軒以上が数えられている。また、既存の和食店や寿司店もメニューにそばを加えるようになり、そばの存在はかなり身近になった。最近は、質や価格をめぐる競争も始まり、各店が特徴を出して勝負している。
ロサンゼルス郊外外のアーバインにある「ふかだレストラン」は、新鮮な手打ちそばで知られる人気店だ。正統派の日本そばを追及し、北海道斜里町産の有機栽培の純そば粉と、つゆのだし用に静岡県焼津産のカツオ節および北海道産の高級昆布をわざわざ取り寄せている。しかし、「おいしくて、体にいいものを一人でも多くの人に食べてもらいたい」という経営者の深田泰弘氏の考えから、かけそぱ5.50ドル(約600円)、天ざる8.50ドル{約900円)など、手頃な価格に設定している。アーバインは日本からの進出企業が集中し、日本人駐在員も多く住む地域だ。意外にも、「深田レストラン」の客層は米国人6対日本人4くらいの割合だという。ビジネス街に位置するため、昼はビジネスマンやOLで混雑し、夜はアーバインとその近辺の住民が訪れる。「アメリカ人客の多くは、健康に気を使っている人や有機栽培の食材を好む人たち。食へのこだわりがあるので、そばも純粋な日本流がいいと思っているようです」と深田氏は話す。
パスタ料理風にアレンジも
一方、そばを新しいスタイルで紹介する店もある。サンタモニカに昨年オープンした「シンチ」は、オーストラリアのシドニーにある有名店「テツヤjとその系列店で活躍したクリス・べ一ル氏がヘッド・シェフを務める話題のフユージョン料理店で、そばをパスタ料理のようにアレンジしている。ロサンゼルス・タイムズ紙でも取り上げられたその一品は、「煮豚入りソバ・ヌードル」(14.50ドル)。半茹にしたそばを、蒸し煮にした豚の角切り、れんこん、ちんげん菜、しめじなどの野菜と一緒に抄め、煮豚のスープとしょうゆで味付けしている。ボリュームがあるため、ディナーのメイン料理として、若い層に好まれている。
カリフォルニア州トーランスに拠点を置く「いちみUSA社」は、そぱ専門店の「いちみ庵本店」や寿司店の「稲葉」など、ロサンゼルス地域で5店舗の飲食店を経営し、全店で自家製そばを出している。「寿司の次はそぱ」と見込んで、1999年に米国に進出した同社は、信州産のそば粉を取り寄せ、日本製の製麺機を持ち込んで、現在は1日400食のそぱを供給している。今後はセルフサービス形式のそぱ専門店を増やしていく予定で、「そばを日本のファストフードとして広めたい」と最高経営責任者の細居俊一氏は話す。
そばの実は英語でバックウィート(buckwheat)」といい、北米で広く栽培されている。米国ではそば粉を小麦粉に混ぜてホットケーキやワッフルを作る週憤があり、そば粉にはもともと馴染みがある。そのため、日本のそばを「バックウィ一トで作ったヘルシーでフレッシュなパスタ」という感覚で捉えている。米国でそばを普及させるには、この点を積極的にアピールしていく必要がありそうだ。
そぱに力を人れている店では、日本産のそぱ粉にこだわる傾向にあるが、そぱの需要が増えるにつれ、現地生産のそぱ粉に対する注目も高まっている。特に、カナダ南中郭のマニトバ州は年間10万トン以上を栽培するそばの実の一大産地で、日本への輸出用に改良された品種を育てている農家も多い。米国とカナダには製麺業者が数社あり、同州産のそばの実を使って乾麺や冷凍麺を製造している。「いちみUSA社」も、将来はマニトバ州のそばの実を使った現地生産を考えているという。
そばは客単価が安い分、幅広い層をターゲットにできる商品だ。今はまだ、純日本的な「かけ」や「ざる」が主流だが、今後、新しい食ベ方が考案されたり、トッピングのバリエーションが増えたりすれば、寿司のような広がりも十分あり得るだろう。
(在米ライター・佐藤みゆき)
(日経レストラン.誌 2004年9月号 51頁)