世界のオー力・二ックチキンの開発
(株)
イシイフーズ 代表取締役社長 竹内正博
2000年4月、ヨーロッパより10年ほと遅れ,アメリカより早く,日本でオーガニック関連の法律が実施段階を迎える。その歴史的な年に,欧米(フランスとアメリカ),日本のオーガニックチキンの現状と展望を報告する。
私は過去,国際有機農業運動連盟(以下lFOAM)の世界総会(1996年コペンハーゲン,1998年アルゼンチン)およびIFOAMアジア総会(1997年インド,1999年フィリピン),そしてIFOAM貿易会議(1999年イタリア)に出席し,世界のオーガニック生産について学んできた。そして,代表を務めるイシイフーズでは,オーガニックチキンの生産,処理,加工,流通,有機認証等を実践してきた。1996年には日本オーガニック農産物協会の設立に立会い,畜産基準,認証制度作りに汗も流した。また,国際的認知を得るため,オーガニックチキンの認定と食鳥肉業界初のlSO9002の認証取得を杜員と共有した。今年3月には,発起人として日本オーガニック貿易会議を開催し,海外のオーガニック先進企業,認証囲体と国内の同志との交流も行っている。こうした過去数年の実務経験を基に,着々と進みつつあるオーガニック畜産物の現実について,オーガニックチキンをテーマに述べることとする。
まず,提案から話す。有機畜産実践段階を迎えて,世界と対話できる場,つまり日本オーガニック貿易会議が必要な時期に来ているのではないだろうか。次の順に従って話を展開する。
1)オーガニックチキンを取り巻く世界の有機認証制度の現状と展望
2)フランスのオーガニックチキンの現状と展望
3)アメリカのオーガニックチキンの現状と展望
4)日本のオーガニックチキンの現状と展望
5)イシイフーズのオーガニックチキンヘの取組み
6)日本オーガニック貿易会議の必要性
1.オーガニックチキンを取り巻く世界の有機認証制度
欧米の主要諸国は有機畜産物の生産基準と認証制度を決定しつつある。アメリカは1999年4月付で食肉と食鳥肉のオーガニック認定表示を認め,それによりオーガニック農畜産物の最終規則制定までの暫定的措置をとった。また,EU農相理事会も6月にオーガニック蓄産物に関する生産基準を承認し,2000年8月から実施することを決めた。アメリカ農務省は有機栽培や有機飼育による農畜産品の表示について統一基準を導入すると2000年3月7日に発表し,2000年中には規則として導入したい考えを表明している。さらに,2000年5月に開催されたコーデックス委員会第28回食品表示部会にて,有機畜産ガイドラインが承認され,2001年7月開催予定の総会で決定されることとなった。これらと比較すると,日本の有機畜産の立場は,欧米よりかなり遅れをとっているといえる。
有機農産物に必要な堆肥について,有機畜産物と有機農産物は密接に関係しているが,この報告書では,時期尚早であると考え,この課題には触れない。
オーガニックチキンの生産基準を世界3大重要基準であるコーデックス(2000年5月合意)lFOAM基準(1998年),EU規則(2000年)に従って比較した(表1)。日本の有機畜産への取組みが遅れているのはなぜか。理由は飼料原料を輸入に頼っていることにある。過去,lFAOM基準がEU規則となり,そしてコーデックス規格へ強い影響を与えてきた。コーデックス案におけるアメリカの意見を見ると,(1)投薬治療されたチキンはオーガニック表示できない,(2)有機飼料100%実施は2005年を猶予期限とすること等を挙げている。また,コーデックス参加19カ国の中で日本と韓国が.穀物自給率の低さから有機飼料購入も許可されるぺきと主張している。
1996年度主要先進国の穀物(米,麦,飼料穀物等)自給率はアメリカ138%,フランス198%,ドイツ118%,日本29%であった。40年前には日本の自給率は80%であったことを受け,日本は新農業基本法で自給率向上を基本にかかげることを決めた。国産チキンの供給熱量べ一スによる自給率は,7%にしかならない(品目別自給率67.4%×飼料自給率10.6%)。自給率向上の側面から考えると,チキンは食肉の中で一番に対策として取組むぺき有機畜産物である。ちなみに,畜産物1kgの生産に要する飼料穀物の量(トウモロコシ換算)は,鶏肉4kg,豚肉7kg,牛肉11kgである。今年3月に将来展望として農水省が2005年に食料自給率を45%に高める目標を掲げた。生産努力目標を見ると,鶏肉自給率は67%から73%(輪入は33%から27%)ヘと上げられている。畜産飼料自給率も現在の25%から10年後には35%に高める予定である。飼料自給率は畜産品目により,豚・鶏・卵の10%,牛肉28%,牛乳・乳製品45%とかなり幅があるが,これらを踏まえた上で今後10年間で40%の(25%から35%ヘ)飼料自給率をアップ,つまり2005年には20%アップさせ,有機畜産のインフラ整備も整うこととなる。
各国のオーガニックチキン生産基準を表2にまとめた。日本には国の基準がないので,日本オーガニック農産物協会の基準を使用した。
2.フランスのオーガニックチキン
フランス農務省はオーガニック農産物の有機認証制度導入を,ョーロッパで最も早い1980年にスタートした。ABマーク(日本の有機JASマークに等しい)は1988年から使用され,有機畜産物の法制化実施は1992年に始まった。
フランスの養鶏農家は赤ラベル(日本の特定JAS規格地鶏と似ている)を長年飼育した経験を持っている。このことがフランスをオーガニックチキンのパイオニア的存在とした。飼育日齢を81日から91日に伸ばす,抗生物質の使用を無使用へ変える,農家当たりの飼育羽数を半減させるなどしながら,赤ラベルからオ一ガニックチキンへの転換はスムーズに行われた。赤ラベルの規格には次のようなものがあるが,どれもオーガニックチキンからさほど遠くはない。
EU有機畜産基準が2000年8月に実施されるため,フランス有機畜産基準は現在変更手続き中である。現在のフランスのオーガニックチキン生産基準は厳しい。たとえば種鶏もオーガニック飼育とする,出荷日齢は91日以上,生後40日以内に足にリングを付ける,1鶏舎2,000羽以内,
1農家飼育羽数8,000羽以内,野外放飼スペース1羽当たり2.5m2以上などである。
貿易はEU内では自由であるため,たとえばオランダのオーガニックチキンはフランスヘ販売でき,その逆も可能となる。またヨーロッパ以外の国からEU1カ国にオーガニックチキンが輸入されれば,そのチキンはEU15カ国への販売が可能となる。現在オランダの認証団体SKALは出荷日齢は70日,ドイツの認証団体BCSは81日であるが,多くのEU諸国はその基準をEU有機畜産基準に合わせようとしている。EUオーガニックチキン生産基準はフランスをモデルとして作成されたと言われている。
フランス政府は97年12月にオーガニック展望を発表した。農務省は2005年までに25,000のオーガニック農家(100万ha,全農家の5%,農地の3%)を作る計画である(97年4,000オーガニック農家,12万ha,農地の0.4%)。生産主導ではなく市場開拓を通してこの計画を達成しようとしている。そしてフランスは広大な農業国土を生かして,ヨーロッパの中心的オーガニック農畜産国になる目標を持っている。
実務の話をする。3年ほど前から技術交流があるポディン社(オーガニックチキンインテ)を例に挙けたい。ポディン社は2年前に大手ブロイラーインテ資本に入り,オーガニック農場,処理工場,加工,流通,飼料生産をしている。会社は才一ガニックチキンのパイオニアであり,EUオーガニックチキン基準のモデルとなった。
98年には300万羽の処理場を購入し,赤ラベル50%,才一ガニック50%の生産処理を行い販売している。農場成績は飼育期間91日,生長体重2.4kg,育成率96%である。モモ肉を中心として,輸出もヨーロッパ諸国へと広がっている。フランス人はムネ肉と丸鶏を好むため,会社はモモ肉を海外のベビーフード,ペットフード加工メーカーヘ輸出している。将来展望としてオーガニック加工食品分野は会社の重要事業となっており,オーガニックチキンソーセージ,ハム,ナゲット等の製造に今年から本格生産販売している。現在フランスの総オーガニックチキン生産羽数は約500万羽といわれており,毎年約25%くらい生産量が拡大している。業者も6社に増えた。
3.アメリカのオーガニックチキン
昨年4月,米国農務省が食肉と食鳥肉にオーガニック認定表示を認めた。それ以来,オーガニックチキンの生産量が増加し,オーガニック加工食品の幅を広げている。アメリカはEUより早く法律を作ったが,法律の実施は10年近く遅れることとなった。そして,米国農務省は遅れを取り戻すため,2000年3月7日に有機栽培や有機飼育による農畜産品め表示について,統一基準を導入すると発表した。世界の有機基準に照らし合わせながら,本年度中に農務省規格として導入したい考えだ。それは,オーガニック産業の成長と将来性を十分に認識した証拠とも言える。現在のオーガニック市場は約6,000億円,毎年20%以上成長し,現在オーガニック農家は12,000件に達している。
アメリカは一般プロイラー生産量では世界一である。一般ブロイラーの飼育日数は6週間と短い。アメリカオーガニックチキン生産基準案は豊富な穀物飼料がその根底にある。たとえはオーガニック飼料100%使用,治療投薬チキンはオーがニックとして認めないことなどが中心である。特徴的な点は飼育日数に制限がないことだ。日本でも特定JAS地鶏認定制度がスタートするがその飼青期間は80日以上となっており,フランスの赤ラベル81日以上とよく似ている。
アメリカのペトロマポートリー農場を例に挙げる。98年と99年に会社に訪問し、シャインスキー氏にお会いした。98年度の夏に行った時はオーガニックチキンの生産処理販売を開始したばかりだった。99年の5月訪問時、オーガニックチキン生産は週に1万羽に増えていた。ベビーフード,加工メーカーからの引き合いに対応したためである。飼育成績は,飼育期間が雌56日,生鳥体重が2.4kg,育成率が90%。雄の育成率は87%くらいに下がるため,雌系のみオーガニック飼有されていた。有成率が悪いのはプロイラー鶏種を使用しているためだろう。また,オーガニック飼料はカリフォルニアとミネソタから購入していた。
4.日本のオーガニックチキン
国内チキン産業の過去10年を振り返る。それには,日本のブロイラー産業の特異性を認識する必要がある。1996年の統計によると,チキンの供給熱量自給率は7%(自給率67.4%×飼料自給率10.6%)であった。現状,日本のブロイラー産業は海外から雛の原種と飼料原料を輸入して商品を生産する「チキン飼育・加工業」である。最近は鶏肉の輸入が増え,国内生産羽数は10年以上前のピーク時から20%以上減少した。今も国産チキンの生産羽数は毎年2〜3%の減少基調にある。日本で消費されるチキンは90%輪入に頼っている。つまり,チキン輸入と飼料原料輸入から成り立っているのである。この流れに対して,国内チキン業界は銘柄鶏,地鶏,無投薬鶏等を生産し差別化を図ってきた。差別化は地鶏の特定JAS規格へと展開して,地鶏の生産方法については基準が定められた。品種(在来種50%以上),飼育期間(80日以上),飼育方法(28日齢から平飼い),飼育密度(28日齢からm2当たり10羽以下)などがその内容である。
そして,無投薬鶏,無薬鶏,オーガニック鶏の生産・流通の実態の把握ならびに定義,表示等をテーマに,(社)日本食鳥協会会長の諮問機関として「特殊飼育鶏肉研究会」が99年11月に正式発足した。オーガニックチキンはこの会において,特別栽培農産物らとともに今後,検討されていくであろう。
日本のオーガニックチキンの歴史は3年半である。国内オーガニックチキン誕生は民間有機認証団体の日本オーガニック農産物協会(以下NOAPA)の貢献によるところが大きい。この会は1996年畜産生産者らによって誕生し,96年10月には日本で第1号のオーガニックチキンを認定した。以降,現在までに2企業が年間約5万羽弱のオーガニックチキンを生産している。NOAPAの生産基準は世界基準を目指している。たとえば,G)最終飼料重量の80%はオーガニック認定されたものを用いる,(2)治療投薬された鶏は認定オーガニックとして販売できない。
(3)鶏舎内坪羽数は35羽以内で,運動可能な野外スペースを設けるなどである。EU基準にもひけをとらないが,唯一の間題点はオーガニック飼料生産である。現在.オーガニック飼料は輪入に依存している。有機畜産の基本的考えは,国産飼料による畜産飼育である。そこで,協会は国産オーガニック飼料穀物の調査およぴ生産確保のための運動を展開している。
5.イシイフーズのオーガニックチキンへの取組み
始まりは1989年。抗生物質を減らしそ鶏を飼育できないかという生産指導員の疑間からであった。抗生物質なしの飼育管理技術と自然飼料イシイミックスの完成に5年間を要した。イシイミックスの目的は,健康な鶏の体をつくり.育成率を上げることにある。鶏の死亡率が一般プロイラーより低くなければ何のための動物愛護と福祉かわからない。取組みの基本的な考え方は薬を使わないで,鶏の育成率を100%に近づけることにある。そして,生産部社員は未開の分野へと挑戦したが,オーガニックチキン生産の勉強と開発にはさらに4年間を要した。
会社では海外オーガニック農場視察とオーガニック勉強会参加を積極的に行った。方向性はフランスのボディン社から多くを学び,「目標はフランスのミニチュア版オーガニック農場づくり」へと発展した。表3は89年から2000年までの取組みを示している。
過去2年間の農場成績は育成率97%,出荷日齢90日以上(平均93日),生鳥体重2.6kg等であり,フランス・ボディン社とよく似ている。鶏種は同じフランス産黒鶏ブレノアールを使用している。通常ブロイラー生産は契約受注後生産するが,98年生産はオーガニック生産技術ありきからスタートしたため.生産物は在庫になった。現在では生産物は順調に生協,オーガニック専門店,宅配会者を通して消費者に提供できるようになった。オーガニックチキンの市場開拓には2年を要した。
イシイフーズの展望として.日本にオーガニックチキンの里ができればと思っている。オーガニックチキン生産者が十分な飼育管理を行い,それにより生活できるように,5カ年計画100万羽生産体制が動き出している。
6.日本オーガニック貿易会議の必要性
日本における特別栽培農産物を含めだ有機農産物の輸入シェアーはわずか3%である。イギリスのセガール氏(元英国土壌協会副会長)は1997年lFOAMイギリス貿易会議レポートでこう述べた。「アジアのオーガニックの将来性は大きい。近い将来,中国か日本において貿易会議を開いて欲しい。理由は日本は一人当たり世界のオーガニックの最大消費国と予想され,地球のオーガニック資源に与える影響が大きいからである」。ただ単に経済的活動としての理由で,オーガニック見本市からオーガニック産品を輸入推進することは好ましくない。日本のオーガニック生産者,加工業者,流通業者,国内基準づくりの貢献者の知らない問に,貿易が進むことは問題である。利益追求はオーガニックの目的でなく手段であるからだ。人と技術の交流できる貿易会議が必要になってくる。世界基準がない有機畜産分野は大いに海外の関係者と実務レベルで議論する必要がある。2000年3月9日に,「先進オーガニック国から学ぶ」と題し,国際有機畜産をテーマにフランス・オランダ・オーストリアからゲスト講演者を呼ぴ、発起人として「第1回日本オーガニック貿易会議」を開催した(約40名参加)。10月に大阪で第2回会議を行い,「先進企業から学ぶ」と題し,オーガニック加工食品をテーマにした発表会を行いたいと考えている。引き続き,オーガニックチキンの世界的動きも報告することになる。